http://carotaku.sokushinbutsu.com/page009.html
2020.11.14 IWG報告書の件を追加
2021.07.23 なぜ、一酸化炭素を使わなかったのか? その謎解きを追加
661 :juno213:2008/02/13(水) 11:05:33 ID:lsJG9Lpg
そろそろこのサイトも畳むそうですね。
私もこれまでの議論を総括しようと思います。こんなものを作ってみました。
「現在までの修正派の論拠を崩し、ホロコーストを立証するためのロードマップ」
[ 1 ] 焼却棟の「基本設計」の面から、果たして初めから「絶滅施設」として設計されたもの
なのか否かを検証する。
仮に、初めから「絶滅施設」としての設計であるとするのなら
↓
・ クレマW/Xの焼却炉は「ガス室」からは正反対の位置、ドアを五つも隔てた所にある。
死体を運搬するためには、犠牲者達が移動してきたルートをそっくり引き返して、
元にいた脱衣室を通過して焼却炉に到達しなければならない。
極めて非合理的である。
何故にこんな間取りにしたのかについて説明する。
(一方で、石炭貯蔵庫と死体安置室は焼却炉と隣り合わせであり、全く合理的である)
・ クレマW/Xのガス室はそれぞれに三つあることになっているが、
出入り口は一箇所しかない。 犠牲者が入るにも、死体を運び出すにも不便である。
何故にこんな間取りになっているのかを説明する。
・ さらに、クレマW/Xの「ガス室」には、何と「屋外へ出るためのドア」がある。
しかも、このドアは外開きである。
よほどの強度を持っていないと、大量の囚人の圧力で
内側から簡単に破られてしまうのではないのか?。
そもそも何でこんなドアが必要なのかを説明する。
・ クレマU/Vの「ガス室」は何故に地下にあり、地上の炉室へのアクセスが
エレベーター1基しかないのかについて説明する。
わざわざ建設コストを上げてまで、死体の運搬を著しく不便にしてしまった
のではないのか。
・ クレマU/Vの「ガス室」の排気口は床と同じ高さにある。
すし詰めになった囚人の死体が山になって、排気口を塞ぐのは必至ではないのか?
明らかに設計ミスと思われるが、これについて改善策が取られた形跡は無い。
これについて説明する。
・ クレマU/Vの設計図によると、半地下室の天井には土が盛られている。
これはやはり、低温を保つ必要がある死体安置室に
熱が伝わらないようにするための処置ではないのか。
仮に天井にガス投入口が開いていたのだとすると、
土が穴から下へ落ちてしまうことになる。
これを防ぐには、煙突状の構造物で盛り土と同じ高さだけ、
開口部を延長しなければならない。
それでは手間と予算が余分にかかるだけである。
一体何のために土が盛られていたのか?。
・ クレマT〜X、さらにマイダネクのガス室にも言えることだが、
チクロンBは「屋外から」ガス室内部に投入することになっている。
雨の日は傘をさして作業したとでもいうのだろうか。
また、作業員が建つ場所は、収容所の外れにあり、遮蔽物が一切無いために
フェンスの外や隣の運動場などから丸見えである。
ガス殺は証拠を一切残してはいけない究極の秘密だったのに、
これではあまりに無防備ではないのか。
マウトハウゼン収容所などは絶滅収容所ではなかったことになっているが、
むしろこちらの方が堅牢な外壁で内部が隠蔽されており、
遥かにガス処刑室を設置するのに適していたのではないのか。
662 :juno213:2008/02/13(水) 11:06:32 ID:lsJG9Lpg
↑
ペルトのように上記の疑問に答えられずに、
「通常の焼却棟を絶滅施設として改造、流用した」
という説を採るのであれば…
・ 改造はいつの時点から決定されたのかを説明する。
プレサック&ペルトは改造が決定された時期を「42年夏」だとしている。
因みに、彼らはこの説を採るために、ビルケナウを絶滅収容所として改造せよと
「41年夏」に命令を受けたとするヘスの自白が「記憶違い」であったという前提に
立っている。
仮に、この「ご都合主義な前提」を正しいと認めたとしても…
@ クレマV〜Xの建設が開始されたのは、42年秋以降であり、
ペルト&プレサック説による「42年夏の改造命令」よりもさらに後である。
そして、クレマUと同一設計のクレマVは設計の変更を行われないまま、
完成している。
しかし、ペルトの主張では、クレマUは通常の施設として設計されたため、
殺人ガス室が地下にあるなど、絶滅施設としては基本構造が不適切だった
ということになっている。
となれば、クレマVは、絶滅施設への改造命令よりも後なのに
「絶滅施設として不適切な設計のまま着工し、完成した」こととなる。(公文書より)
A クレマU/Vのガス投入口は天井の完成後(43年1月以降)に空けられたこと
になっている。(証言より)
B クレマU/V用のガス投入装置の完成は「43年5月21日」となっており、
なぜかガス室の稼動よりも後である。(証言より)
C クレマW/Xの換気設備は設計段階では存在しておらず、
「43年4〜5月」に施設が完成した後で輸送されてきた。(公文書より)
…等といったことを考えると、改造の決定がなされた時期は、
プレサック&ペルトが唱える「42年夏」でも、なおも矛盾が多過ぎる。
論理的説得力を持つには、もっと遅い時期、すなわち「焼却棟が基本的に完成した
43年春以降」であったと仮定しなければならない。
しかししかし…
@ 前述した通り、ヘスの自白では、
ヒムラーからビルケナウをユダヤ絶滅施設とするように命令を受けたのは
「41年夏」となっている。
A ユダヤ絶滅が決定された時期は、正史においても意見が定まっていないが、
最も遅い説でも「42年前半」である。
B また、正史においては、他の「純粋な絶滅収容所」が
建設を終えて稼動していたとされる時期は以下の通りである。
ソビボル強制収容所 42/5〜43/10
トレブリンカ強制収容所 42/7〜43/11
ベルゼク強制収容所 42/3〜42/12
マイダネク強制収容所 41/7〜44/7
いずれも、クレマU〜Xの完成はおろか、建設開始よりも前である。
これでは「時系列」が無茶苦茶である。
ユダヤ絶滅計画が発動し、他の絶滅収容所が全て稼動していており、
ビルケナウも同様の絶滅収容所に改造するように命令を受けた後の時期に、
クレマU〜Xは、囚人のチフスを予防する、
すなわち「命を救う施設として」建設されていたことになる。
正史の立場から、これらの論理的不整合を説明する。
・ さらに「本来は通常の用途で設計された」となれば、
焼却炉の能力は「チフスの病死者数を想定したものであった」ことを認めることになる。
すると、10倍〜20倍は多かったガス処刑の死体を焼却するには、
決定的に能力が不足していたはずである。
ビルケナウの収容人数が大幅な定員割れを起こしていたため、
想定していたよりもチフス患者が増えなかったことは事実である。
しかし、それを考慮しても尚、正史派が主張するガス処刑の被害者数は
余りに多すぎて焼却できない。
ところが、クレマU&Xの着工後、焼却炉の能力に変更が加えられた形跡は無い。
これは何故か。
・ またプレサック&ペルト説では、クレマU/Vは通常の用途から絶滅用に改造、
クレマW/Xは初めから絶滅用に設計されたことになっている。
しかし、実際にはクレマU/Vの炉室の数は30あるのに対し、
クレマW/Xのそれは16しかない。
つまり、チフスの病死者を焼却するために設計された物と比べて、
ユダヤ絶滅用の焼却炉は半分の能力しか無いことになる。
この大いなる矛盾についても説明する。
663 :juno213:2008/02/13(水) 11:08:23 ID:lsJG9Lpg
[ 2 ] 技術的な側面から、証言どおりにガス処刑を行えるのかを検証する。
↓
・ ビルケナウの焼却炉が、100〜150万体の死体を焼却するためには、
耐用寿命と石炭が無限にあると仮定しても、一体あたり12〜18分以下で処理する
必要がある。 果たしてこの数字が科学的、技術的に可能なのかを証明する。
ただし、修正派が主張する焼却炉の稼働日数を論破すれば、
この時間は21〜30分までは長くなり得る。
それ以上は「数学的」に無理。(「物理的」にではない)
そして、ビルケナウのものよりも遥かに大きなスペックを持つ
テレジエンシュタット収容所の焼却炉でさえも
「カタログ上の最大能力が」一体当たり35分である。
焼却炉の製造元の主任技師は戦後
「一体当たり『60分』で民間の焼却炉よりもゆっくりだった」
と証言しており、修正派が、焼却技師の協力によって計算した結果も
一体当たり「60分」である。
↓
・ 焼却炉の耐用寿命は、製造メーカー自身が「数千回」と言っており、
実際グーゼン収容所のものは1600回の使用で耐火壁を交換したのに、
はたしてビルケナウのものは「3万回」使用していながら、
一つ残らず耐火壁を交換しないで済んだのか?
他の故障については詳細な記録が残っているのに、
耐火壁のオーバーホールの記録はなぜ一切残っていないのか。
これについて合理的な説明をする。
↓
・ 何故、残っている石炭搬入の記録は自然死体の数と一致しているのか
(果たして、この文書は修正派の捏造なのかw)
それよりも10〜20倍は多いはずのガス死体を焼却するための石炭の記録は
一体何故見つからないのかについて説明する。
↓
・ 「穴が無ければホロコーストも無い」に対して反論する。
1.亀裂こそ入っているが、クレマUの天井は端から端までつながっている。
しかし、ガス投入口の痕跡は現存していない。
一辺70cmの正方形に切断された穴の痕跡が、4つが4つとも無いというのは
あり得ないのではないのか?
さらに、前述したような「盛り土の表面まで投入口を延長する煙突状の構造物」の
痕跡も現存していない。
防水シャッターの痕跡も無い。
痕跡が無いことは肯定派のペルトも認めている。
一体これは何故なのかについて合理的な説明をする。
果たして、ペルトの主張どおり、痕跡も残さずコンクリートで埋めることは
可能なのか。
そもそも、そんなことをせずに「クレマVの天井が事実そうなっているように」完全に
爆破すればよかったのではないか。
2.クレマTに現存する穴は、当時の「ガス室」の「実際のサイズ」からは
配置が著しく偏っている。
なぜか、戦後に改造された後の「偽りのサイズ」に対して配置が整っている。
これは一体何故か、果たして当時にそれらの穴はあったのかについて説明をする。
3.クレマW/Xはどのようにしてガスを投入したのか。
果たして、プレサックが主張したように壁についている窓から放り込んだ(!)のか
について説明する。
この窓は地上から170cmの位置にある。 内部から容易に妨害できる高さである。
664 :juno213:2008/02/13(水) 11:09:46 ID:lsJG9Lpg
↓
・ 何故に「ガス室」の壁からは、害虫駆除室のように
プロシアンブルーが検出されないのか。
何故に、正史派の立場に立っている94年クラクフ報告は、
殆ど検出されえない非鉄シアン化合物を検出の対象にし、
安定性の高いプロシアンブルーを除外したのか。
その後13年間も経つが、何故に正史派はプロシアンブルーを検出対象にした調査を
再度行わないのか。
これらについて説明する。
↓
・ クレマU/Vの「ガス室」の換気設備は何故に、
その施設内では単位体積あたりの能力が最弱で、害虫駆除室の1/7しかないのか。
この能力は計画段階において、上げられたどころかむしろ下げられている。
ナチスは、囚人を殺すための「ガス室」よりも、
命を救うための害虫駆除室を換気することに熱心だったのか。
修正派の計算では、「ガス室」が作業員が汗をかいても安全なレベルにまで
シアンガスが排気されるまでに数時間かかるという。
これについての化学的、技術的な反論をする。
↓
・ クレマW/Xのための換気装置が移送されてきたのは、完成後である。
しかも、それを取り付けた記録は無い。 本当に「ガス室」として設計されたのか?
これについての合理的説明をする。
↓
[ 3 ] 以上で、物理的、化学的見地からのガス室の立証完了。
他の文書資料を元にした立証に移行
↓
・ 焼却棟の「死体安置室」は焼却棟完成後も、
文字通り「死体安置室」として継続して使用されていたことを示す決定的文書がある。
一時的に、これらの死体安置室が使用できないという状況については
一切言及されていない。
ところが、正史派によれば、これらは全て「ガス室」や「脱衣室」として
一貫して使用されていたことになっている。
これについての合理的説明をする。
↓
・ 「脱衣室」は焼却棟の完成間際にSS医師によって設置を提案されている。
この「脱衣室」は果たして、「ガス室」に入る囚人が自ら服を脱ぐための
「いわゆる脱衣室」なのだろうか。
まさか、ガス処刑はヒトラーやヒムラーではなく、
医師の発想で行われたとでも言うのだろうか?
・ 正史では、アウシュヴィッツの死亡者リストは、通常の死因の死者しか記録されず、
ガス処刑された犠牲者は記録に残されていないことになっている。
しかし、実際には死亡者リストには何故か労働不適格な
子供や老人まで含まれている。
何故に彼らは「ガス室」送りになり、死者のリストから外されなかったのか。
また、収容所内の病院から、労働出来ないチフス患者が大勢退院した記録もある。
一方で、正史においては外部から移送されてきたユダヤ人は
「大半が労働不適格」として「ガス室」に直行したことになっている。
彼らの大半が「チフス患者以上に労働不適格」であったのか?
そんなことはとても考えられない。
因みに15歳の少女アンネ・フランクとその親族は
「全員が労働不適格者 で は な い 側」に選ばれている。
しかも、軍需工場での労働力を大量に欲していたビルケナウは
慢性的に大幅な定員割れをおこしていた。
計画では定員13万人なのに43年3月の時点で収容数はわずか3万人である。
すなわち労働力となる新しい囚人は幾らでも収容できる余裕があった。
となると、ナチスは軍需工場の貴重な労働力となり得たであろう、移送者の大半を
むざむざ殺す一方で、労働できないチフス患者を治療していたのか?。
この巨大なる矛盾を解消する。
665 :juno213:2008/02/13(水) 11:11:52 ID:lsJG9Lpg
↓
[ 4 ] この時点で、アウシュヴィッツの「ガス室」の立証完了。
他の収容所の「ガス室」の立証に移行
↓
・ 同じように科学的、技術的見地からマイダネクのガス室「部屋T〜W」の立証をする。
1.部屋T/Uには換気設備がない
2.部屋Vはガス投入口がない
3.部屋Wの「ガス投入口とされるもの」は、戦争当時は排気ダクトで
煙突と繋がっていたため、チクロンBを投下することはできなかった。
仮に現在の状態が戦後の捏造ではなく、「戦中に改造されたもの」だと仮定すると、
今度は換気設備が無くなってしまうこととなる。
結局、どの部屋がどのような手段でガス処刑を行った部屋なのか。 それを立証する。
↓
・ トレブリンカなどの、ディーゼルエンジンによる「ガス室」の立証をする。
ナチスは何故に一酸化炭素の発生が極めて困難なディーゼルを使用したのか。
適しているのはせめてガソリンエンジンではないのか。
明らかに最適なのは木材を燃料とする可燃ガス発生器ではないのか。
ガス発生器は、実際にネズミ、害虫駆除に使われていた。
ガス室を設計した技術者は歴史上まれに見る間抜け集団だったのか。
これについて合理的な説明をする。
↓
(これでようやく収容所における無差別虐殺の立証完了)
[ 5 ] 特別行動部隊などによる屋外での射殺は、
ユダヤ人をユダヤ人であるという理由だけで無差別に行われたものである
ことを証明する。
↓
[ 6 ] 上記において、射殺された人数が水増しであるという、修正派の説を論破する。
殺害の事実自体は、膨大な文書のコピーが作成され、現存もしているのに、
大量の遺体を埋葬する作戦については、徹底的な証拠隠滅がなされたという。
この極めて不可解な事態に対し説明をする。
↓
ホロコースト立証完了。 ご苦労様でした。
■ 2020年11月14日追加 ■
なおついでなので触れておくけど、我々のようなネトウヨがイヤン婦問題に於ける反証の道具として頻用している
IWG 報告書だが、こいつは正式な呼称が 『ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班 ( IWGV= Nazi War Crimes & Japanese Imperial Government Records Interagency Working Group)』であることからも判る通り、日帝 の戦争犯罪に関する資料を発掘するための作業ばかりではなく、ナチスの戦争犯罪に関する資料を発掘するための 作業でもあった。 もっと正鵠を期する書き方をするならば、ナチスの戦争犯罪に関する資料を発掘するための作業が メインであって、日帝の戦争犯罪に関する資料を発掘するための作業は、どちらかといえば “コトのついで” みたいな 扱いでした。
2014年11月27日05:10 産経ニュース
米政府の慰安婦問題調査で 「奴隷化」 の証拠発見されず
… 日本側の主張の強力な後押しに
> 調査対象となった未公開や秘密の公式文書は計850万ページ。
> そのうち14万2千ページが日本の戦争犯罪にかかわる文書だった。
142,000 ÷ 8,500,000 ≒ 0.0167 → 1.67%
IWG 報告書の中で扱われた日帝に関する調査対象は、全体の僅か1.67%に留まるワケです。
残りの98.33%は全部ナチス関連。
当然のことながら、費用とされた三千万US$の出所は唸るほどお金を持っているユダヤ人の財団だったのでしょう。
日帝に関する調査は、其れに乗っかるカタチで支那中共か或いは韓国 ( または、その両方 ) がお金を出したのだと 思われます。
と考えれば、至極当然のことですが、ユダヤ人の財団をそそのかしてお金を出させたヤツが居たハズです。
そう、それはおそらく、かつてホロコ否定論を掲載したマルコポーロ誌を廃刊まで追い込んだホロコ真理教の総本山
『サイモン・ウィーゼンタール・センター( Simon Wiesenthal Center, SWC )』 でしょう。 規模と影響力から考えてアソコ 以外に考えられません。
さて、では此処で皆様に質問。
IWG 報告書 を受けて、サイモン・ウィーゼンタール・センター は、何かリアクションを起こしましたでしょうか?
寡聞にして知る範囲で、そのような動きがあったという記事もブログも知りません。
ということは...まぁ、推して知るべしということなのですよ。
ホロコの史実派は頑として認めないでしょうけどね、
かのサイモン・ウィーゼンタール・センターは、この IWG 報告書 に対して、
「 遂に絶滅収容所に於ける大量ガス殺を証明する根拠資料が見つかった!」
と騒いでいなければ
「 ヨーゼフ・メンゲレが行った人体実験が如何なるものであったのかが分かった!」
とも騒いでいません。
さわぐどころか完全に沈黙しています。
常識的に考えれば、これで答えは出ています。
ホロコが史実であろうとなかろうと、少なくとも IWG 報告書の中にホロコを史実と認めるに足る資料は何も無かった
と。 もちろん、ちまたで史実化されている悪魔でさえ躊躇うような人体実験なんてモノも、史実云々以前で内容さえ明ら かにならなかったと ( =つまり、我々の言うように、何の根拠もない妄想だったと ) いうことです。
上に貼らせて頂いた今は亡き掲示板からのコピペ 『ホロコーストを立証するためのロードマップ』 と併せて思考すれ
ば答えはひとつしかないと思うんですよ。 それでも史実派は納得なんかしないだろうとも思いますけどw
まぁ、これで理解するようなら、最初から史実派になんかならないんだろうなぁ...(溜息w
■ 2021年07月23日 補足 ■
知る人ぞ知るお宅向けキャラにホロコ否定論を語らせる問題サイト: [ ソフィア先生の逆転裁判2 ] ですが、その中
に 「 どうしてナチスはホロコーストに一酸化炭素を使わなかったのか?」 というクエスチョンが幾度か登場します。
Subject24
ディーゼルエンジンを使った一酸化炭素ガス室
実はわたくし、数日前に、【 毒物ずかん │キュートであぶない毒キャラの世界へ│】 ( ISBN978-4-7598-1962-5 /
1400円+TAX ) という本を単純に好奇心から購入したのだけれども、その本に答えが載っていました。 39ページ最後 の2行にこうあります。
「 一酸化炭素は人間のヘモグロビンとは強く結びつくが、
昆虫などが酸素運搬に使うヘモシアニンにはほとんど結びつかないんだ。
そのため、昆虫にとって一酸化炭素はまったく無害なのさ。」
つまり、どちらも毒物である以前に引火性を持つ危険物ではあるが、シアン化水素(青酸ガス)に比べれば、一酸化
炭素は製造の費用が格段に安く抑えられ、チクロンBなどのように、いつまでも長い時間毒ガスを放出し続けるリスク がない。 近くに川や湖のなかったアウシュビッツにとって、溺死以上に簡単で効率の良い一酸化炭素ガス室を採用し なかった最大の理由は、我々歴史見直し派が唱えるように、ガスで殺していたのは人ではなく虫 ―― チフスを媒介す る虱 ―― の駆除が目的だったからである。
ふぅ。 謎は解けたぜw
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