【愉しいSF考証】 『軌道エレベータ』について考えてみる


 ちょっと以前に、何故だかまとめサイトにて 『軌道エレベータ』 についての記事を頻繁に目にしたので、ちょくら真面目
に考察してみることにしよう。

 そもそも宇宙空間って高度何キロメートルなの?と思ってググったところ、

   2015.03.12 更新 手を伸ばせば届く宇宙の話
   第5回 空はどこから宇宙になるの?
   kinonoki.com/book/story-of-the-universe/第5回 空はどこから宇宙になるの?.

 どうやら解釈によって高度は異なるらしい。

 とりあえず一番低い80kmの塔を考察してみましょう。

 東京にあるスカイツリーのでかい版だと仮定した場合、そもそもスカイタワーの高さが

   最高高さ634m | スペック - 東京スカイツリー TOKYO SKYTREE
   http://www.tokyo-skytree.jp/about/spec/

 634メートルで

   東京スカイツリーQ&A - エクシオプレミアム
   http://www.exeo-premiumparty.com/skytree_about/faq.html
   > Q9:スカイツリーの重さは?
   >
   > A:約41,000t(地上本体鉄骨重量)です。 ※展望台含む
   > スカイツリー約4万トンの本体に対して、1万トンの心柱がおもりとして働いています。
   > これによって、大地震の時に働く力を、最大約40%減らす効果が期待出来るということです。

 重さが4万1,000トン。

 80kmは634mの約126倍なので、長さが2倍になれば体積が8倍になることにより、長さ126倍のスカイツリーの重さは、
41000トンX126×126×126=8201億5416万0000トン。

 う〜む。 いきなりとんでもなく現実味が薄くなってしまった。

 心柱だけなら634mの長さで10,000tonだそうだから、これが中空で126本分縦に繋ぐだけでエレベータシャフトとして機
能するという仮定の下で計算し直してみよう。

 126本分の心柱の重さは10,000ton×126=126万0,000ton。 うん、これならあり得そうだ。

 だがしかし。

 これじゃなんの意味もない。

 仮に昇降機を付けて、エレベータで高度80kmまで運べるようにしたところで、単に丸い地平線を肉眼で拝められる高
さの展望台としてしか機能しない。 まだまだ地球の重力圏だから、宇宙服を着て外へ出ても地球の重力に引かれて
落下するだけ。 痛みもなく死ねるだけの自殺場所にしかならない。

 では、もっと心柱を繋げて、もっともっと高いところまで行けるようにしたらどうなるだろうか。

 幾ら長く伸ばしたところでエレベータは、『秒速8kmでカッ飛ぶことで球体の地表に向かって落ち続けて高度を一定に
保っている人工衛星』 のようにはならない。 地球の重力の影響が小さくなる分だけ、最初の加速度が小さくなるだけ
で、痛みもなく死ねるだけの自殺場所にしかならない点は変わらない。

 ところが、である。

 赤道上のとある大地に途方もない長さのエレベータシャフトを鉛直に建てた場合に、奇跡が起こる。

 エレベータシャフトの先が静止衛星の高度に達した場合に、宇宙服を着てエレベータシャフトの最端部から外に出れ
ば、そこは地球の引力と遠心力が釣り合う無重力空間となる。

 これなら意味がある。

 地表からロケットを持ち込み、軌道エレベータで静止衛星の軌道高さまで運んでやれば、そこから遠くの星まで飛ぶ
場合に、地球の重力に打ち克つために大量の燃料を浪費する必要が無いから、太陽系から出るのは無理にしても、
火星あたりまで行くこ程度なら難しいことではなくなるだろう。

 イイネ。

 更に軌道エレベータで建築資材を運んで、静止衛星軌道よりも外側にステーション等を建築して、静止衛星軌道の高
度が軌道エレベータ全体の質量の重心点になるようにしていやれば、倒壊の心配もなくなるし、エレベータシャフトに要
求される強度も小さくて済む。

 さて、では静止衛星の軌道ってのは、どれほど遠いのだろうか。

   静止衛星の軌道半径はなぜ約42,000kmか
   http://www.enjoy.ne.jp/~k-ichikawa/Satellite_GS.html

 地球の半径を引いて、高度3万5,786キロメートルという彼方です。

 スカイツリーの高さ634m比で実に5万6,445倍。

 スカイツリーの心柱の重さをそのまま当て嵌めると、10,000ton×56,445=5億6445万0,000ton

 まぁ、軽量な新素材を使えばもっともっと軽くなるだろうけど、たとえ10分の1でも5644万5000ton。

 それに軽量な新素材の中にはドライカーボンのように紫外線が禁忌なものがあり、紫外線や宇宙線に晒される軌道
エレベータに使える軽量な構造材が果たしてあるのか?という疑問が湧く。

 更に言えば、軌道エレベータを使って重量物を持ち上げるという事は、

   JAXA 宇宙情報センター
   軌道運動の基本
   http://spaceinfo.jaxa.jp/ja/orbital_motion.html
   > 速度を10.2km/秒まで上げると、静止軌道と同じ高さの約36,000kmとなる

 その重量物を秒速10.2kmまで加速することと同義である。

 つまり、稼動可能な軌道エレベータを作るためには、軌道エレベータを地球の自転方向へ加速するためのロケットを
そこかしこに設置して、重量物を持ち上げる度に、減速しようとする軌道エレベータをロケットエンジンで加速して秒速
10.2kmの速度を維持するしかない。 もし、加速しないまま軌道エレベータで重量物を持ち上げた場合、その質量が
加わった分だけ軌道エレベータの重心速度が低下して、軌道エレベータ高度を下げてしまうし、軌道エレベータの重心
は、地球上から観測して静止している状態を保てなくなってしまう。 そうなれば待っているのは、SF映画やアニメ,小
説などでお馴染みの“軌道エレベータの倒壊”である。

 そう。

 結局は、持ち上げる物体をその高度を維持するのに必要な速度まで加速しなければならないという点に於いて、ロケ
ットで打ち上げるのも軌道エレベータで持ち上げるのも、必要な運動エネルギーは等しく同じなのだ。

 もちろん、軌道エレベータシャフトの強度の範囲内でゆっくりゆっくりと引き上げてやるなら、持ち上げる重量物を加速
するのにロケットエンジンの推力は必要ない。 この場合、持ち上げる重量物を加速させる運動エネルギーは、自転す
る地球の慣性質量だ。 だから、厳密に言えば軌道エレベータを使って重量物を持ち上げる度に地球の自転速度が落
ちることになる ( 再び軌道エレベータで降ろせば地球の自転速度は元に戻る ) が、自転する地球の慣性質量は莫大
なので、問題が起こることはアリエナイだろう。

 むしろ問題なのは、時間が掛かり過ぎるという事だろう。 とりわけ、梃子の原理的に考えて、高度が高くなればなる
ほどエレベータシャフトに掛かる負荷が大きくなるために、最初はある程度の速度で引き上げることが出来ても、ゴー
ルに近付けば近付くほどに遅くゆっくりと引き上げなければならないという点は大問題だ。

 そう考えると、無機質な建築資材や宇宙船の部品などを軌道エレベータで引き上げる分には、悠久の時間を待てば
良いが、食材や人などを引き上げる際には、前者は腐敗を防止するための工夫が必要になるし、後者に至っては、呼
吸するための空気や食事・水、そして排泄物を処理するシステムなどの生命維持装置が必要になる。 それなら、今ま
での通りに地上からロケットで打ち上げて、ばひゅーんと目的地に着く方がよほどか賢い選択になるだろう。

 つまり、人類の富を費やして軌道エレベータなどというものを建造するのは、時間と資材と金の無駄ということである。

 よって結論。 軌道エレベータというSFは実現させる意味がない。

 ちゃんちゃん。



■ 2020.03.20 追記。

 ちなみに、前述したような、『超剛体たるエレベーターシャフトが地表に強固に締結された軌道エレベーター』 ではな
く、静止衛星からエレベーターチューブを垂れ降ろした軌道エレベーターならどうでしょうか?

 繰り返すまでもなく、人工衛星というのは、地球の重力によって落下し続けているものの、地球が球体であるが故に
いつまで経っても地表に近付くことのできない存在です。

 静止衛星の場合は、その速度が秒速10.2kmです。 その速度であるが故に、周回軌道を一周する時間と地球が一
周自転する時間とがシンクロして、地表から観測して、同じ場所に留まっているように見えるのが静止衛星なのです。

 国際宇宙ステーション(ISS)の重さが約420トンなので、これをそのまま軌道エレベーターに使う静止衛生に当て嵌め
た場合に、その運動エネルギーは、

 10200m/s×10200m/s×420000kg÷2=2.18×10十三乗=21兆8千億J(ジュール)

 でもって、この静止衛星にエレベーターで人やら資材やらざっと1トンの荷物を持ち込んだ場合、

 衛星全体の重さは421トンになりますが、運動エネルギーは21兆8千億Jのままなので、

 衛星の速度(V)は、

 √(21兆8千億J×2÷421000)≒10188m/s

 僅か0.12%ですが遅くなってしまいます。

 まぁ、同様に、この静止衛星にエレベーターで人やら資材やらざっと1トンの荷物を降ろせば、前の速度 ( 10200m/
s ) に戻りますから問題はありません。...と考えてしまいそうになりますが、実はそうはまいりません。

 軌道エレベーターで静止軌道まで持ち上げられた1トンの物体は、静止衛星の運動エネルギーを分け与えられて
10188m/s(音速換算で約マッハ29.9)に加速されています。 これがそのまま地表に降りて来たらトンもない大災害が
引き起こされてしまいます ( まぁ、エレベーターが稼働して降下を始めるとシャフトの先が物凄い勢いで移動を始めます
から、ただちに緊急停止させられると思いますけど )。

 つまり、前に述べたような、『超剛体たるエレベーターシャフトが地表に強固に締結された軌道エレベーター』 ならとも
かく、『静止衛星からエレベーターチューブを垂れ降ろした軌道エレベーター』 という脳内実験のシロモノは、荷物を上
げることは出来ても、荷物を下すことはできないというトンデモナイ軌道エレベータ―なのです(笑)。

 映画 [ 2001年宇宙への旅 ] の冒頭に登場した宇宙ステーションのように、人工重力を発生させている衛星なら良い
のですが、そうでなかった場合、片道切符で軌道エレベーターに乗った人は、超低重力の環境下に置かれるために負
荷の高い運動を繰り返していても筋力が低下し、骨からカルシウムが失われるために、そう何年も生き永らえることは
できません。

 もちろん、それ以前に軌道エレベーターで衛星に荷物を運び入れる度に、衛星は速度を失いますから、衛星が静止
軌道上に留まることが出来なくなれば、当然、軌道エレベーターは終わりです。

 軌道エレベーターの目的は、地表に比べて圧倒的な低重力な場所からロケットを飛ばすことに因って、地表から飛び
立っては届か無い火星等の遠い惑星へ到達ことでした。 しかし、重量物を持ち上げたが最後、静止衛星は静止軌道
から外れて軌道エレベーターが終るのですから、そんなことは叶うハズがありません。

 つまり、『超剛体たるエレベーターシャフトが地表に強固に締結された軌道エレベーター』 も大概アレな妄想だったの
ですが、『静止衛星からエレベーターチューブを垂れ降ろした軌道エレベーター』 に至っては、其れ以上にアレな妄想
だったのです。

 ちゃんちゃん(笑)。

 なお、空の彼方にある物体からエレベーターシャフトを降ろすという発想であるならば、天然の衛星である 『月』 から
降ろすという妄想の方が理に適っているでしょう。

 月は人工の静止衛星と違って、地表上の観測者から見て同じ位置に在り続けてはくれませんが、7500京トンという圧
倒的な質量を持ちますから、地球からロケットの部品を運んだ程度のコトで軌道が大きく狂う恐れはありません。

 しかも、月の自転は、地球の自転とシンクロしているために、常に同じ面を地球に向けてくれています。 軌道エレベ
ーターの到着先として実に好ましい衛星だと言えるでしょう。

 地球の中心と月の軌道を線で結んだ際に、何処の山にもぶつからない高さを確認して、その高度までエレベーターシ
ャフトを降ろし、其処にエアポートを設ける。 地表から直接乗り込めないのは残念ですが、そこまで航空機で運べば良
いだけですので、地表からロケットで衛星軌道まで運ぶよりは余程か効率は良いでしょう ( ただし、月の軌道は楕円な
ので、もっとも地球に近付いた時にしか飛行機でエアポートに辿り付くことは出来ませんが )。

 ただし、( これは、軌道エレベーターを静止衛星に設置する場合もそうなのですが ) 成層圏の外にうじゃうじゃ飛び交
っている人工衛星郡とエレベーターシャフトが衝突しないように、全ての人工衛星の軌道が制御されていることが前提
になります。 人工衛星に移動用のロケットは積んでいません ( 最終的に海へ墜とす予定の低軌道人工衛星は、減速用の固体ロ
ケットエンジンが搭載されているハズですが、一回着火すれば使い切りなので、移動には使えません ) から、この前提を考慮した時点
で、到着点を静止衛星にしろうが月にしようが、軌道エレベーターの建造は不可能になります。

 やっぱり、ちゃんちゃん、ですね(笑)。

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