【愉しいSF考証】 神の杖は実現可能なのか?

 『G.I.ジョー バック2リベンジ』という映画の中で、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから金属棒
を地上へ投下するという架空の兵器が登場していた。

 これは、『神の杖』 という名前で、米帝空軍が開発中だとされている。

   http://ja.wikipedia.org/wiki/神の杖
   > 概要
   >
   > 核兵器に代わる戦略兵器として計画されている兵器で、
   > タングステンやチタン、ウランからなる全長6.1m、直径30cm、重量100kgの金属棒に
   > 小型推進ロケットを取り付け、高度1,000kmの低軌道上に配備された宇宙プラットホームから
   > 発射し、地上へ投下するというもの。
   > 極めて大規模であるが、一種の運動エネルギー弾であると言える。
   > 落下中の速度は11,587km/h(約マッハ9.5)にも達し、
   > 激突による破壊力は核爆弾に匹敵するだけではなく、
   > 地下数百メートルにある目標を破壊可能だとされている。
   > 金属棒の誘導は他の衛星によって行われ、地球全域を攻撃することが可能。
   > また、即応性や命中率も高いばかりか、電磁波を放出しないため探知することが難しく、
   > 迎撃は極めて困難だという。

 さて、果たしてこれは可能なのでしょうか?

 結論から言うと無理というか、莫大な費用を掛けて建造しても殆ど意味がない架空の兵器です。

 まず、「高度1,000kmの低軌道上に配備」 とありますが、衛星軌道上の物体は最低でも秒速7.9km(第一宇宙速度)
以上から最大で秒速10.2km(第二宇宙速度)未満の猛スピードでカッ飛んでいます。

 つまり人工衛星というモノは、地球の引力に引かれて落下し続けているものの、地表の形状が球面であるために地
表に近付くことが出来ず、それゆえに一定の高度を保っているというシロモノなのです。

 ですから、人工衛星の外に出て、野球のボールを地球に向けて投げても元の高さ(=元の位置)に戻ってきます。

 ということは、ロケットエンジンの推力によって地球に向かって真っ直ぐに向かったとしても、推進力は元の高さに戻ろ
うとする力にあがらう為に費やされてしまい、もし大量の推進剤が詰まれていなかったのだとしたら、やがて発射口に戻
って来る事になります。

 逆に、大量の推進剤が詰まれていて、ロケットエンジンの推力によって地球に届くことが叶った場合は、地表に近付く
につれて、兵器である金属棒は、トンデモナイ強風(しかも横風)を受けることになります。

 人工衛星の軌道が地球の自転と順孝方向なら風速は最小。 人工衛星の軌道が地球の自転と逆方向なら風速は最
大。 地球の半径が6371km,円周の長さが2πrなので40030km,これが24時間で一周。 24時間は86400秒だから、秒
速463m。 音速が340m/sですから、463÷340≒マッハ1.4。 つまり最大で(=赤道付近で)地表自体がマッハ1.4で移
動している。

 一方で人工衛星の速度は秒速8km。 音速が340m/sですから、8000÷340≒23.5,、ということで、人工衛星の軌道
が地球の自転と順方向なら風速は、23.5-1.4=マッハ22.1、人工衛星の軌道が地球の自転と逆方向なら風速は、
23.5+1.4=マッハ24.9。 あと、台風を含めて気候変動でも大気は移動しているが、これは音速を超えないので大し
たことはありません。 いずれにせよ、マッハ22〜25の横風を喰らうのですから、タングステン程の強度をもってしても
バラバラに砕け散ってしまうでしょうし、仮に破損しなくても、そもそも強風でアサッテの方向へ流されてしまうので、目標
へ的確に着弾させることは不可能です。

 衛星軌道上に在る物体を地球に落すためには、秒速8kmでカッ飛んでいるその速度を落とす以外に方法がありませ
ん。

 つまり、ロケットエンジンの推力で人工衛星の進行方向とは逆に加速することによって、その速度を落として衛星軌道
から外れるしか、衛星軌道上に在る物を地表へ落す方法はないのです

 しかも、速度をガッツリと落さないと、地表に落下するまでとんでもない時間が掛かることになってしまいます。

 低高度人工衛星 『天宮1号』 の地上への落下が確定してから実際に堕ちて海に沈むまで、数ヶ月も掛かったことか
らも判る通り、大出力でガッツリと減速しないと 「いつ落ちて来るのかワカラン」 というトンデモ兵器になってしまいます。

 しかし、それでも、とりあえず、兵器である金属棒を人工衛星の進行方向と逆に加速してやれば、『神の杖』 は運用
が可能だと分りました。

 しかし、これ、意味があるのでしょうか。

 人工衛星から発射された金属棒は、いきなり落下することができないために、発射後は、ある程度の時間を掛けて人
工衛星から離れることになり、地表からその発射後のお姿が極めて簡単に把握されてしまいます。

 ウィキペディアに書かれている様な

   > 電磁波を放出しないため探知することが難しく、迎撃は極めて困難

 なんてことはありません。

 金属棒は、国際宇宙ステーション(ISS)のように巨大ではありませんから、さすがに肉眼でそのお姿をがっつりと把握
することは難しいでしょうけれども、ロケットエンジンで人工衛星の飛翔方向とは逆方向に加速しているのですから、そ
の燃焼が明るく光っています。 夜間ならば肉眼でも光る小さな点として補足可能でしょうし、天体望遠鏡が有れば低倍
率のものでも補足は可能 ()。

 ※:ちなみに余談ですが、人工衛星の進行方向とは逆方向に加速する [ 金属棒+ロケット ] は、高度を落す事に因って周回軌道の長さが短くな
りますので、地表の観察者からは、人工衛星を追い越すように振る舞って見えます。

 ロケットエンジンで加速しているのですから、レーダーを始めとする各種観測装置での捕捉も当然、可能です。

 確かに文系人間が抱くイメージ ⇒ 「落下速度+ロケットエンジンの推力で金属棒を加速して、地表に叩き込む」 ので
あれば、発射から到達までの時間は一瞬で、[ 電磁波を放出しないため探知することが難しく、迎撃は極めて困難 ] か
も知れませんが、実際の運用はロケットエンジンの噴射で減速した挙句に、地球の重力に引かれて落ちてくるだけなの
ですから、探知は可能。 ロケットエンジンの噴射が終った時点、あるいは、断熱圧縮に因る高熱でロケットが機能しな
くなった時点でコントロールの効かない塊となって墜落予定地点が確定しますから迎撃も可能です。

 しかも、このような使えなさに加えて、実際の威力はほとんどゴミ。

 『神の杖』 のウイキペディアの続きにこうあります。

   http://ja.wikipedia.org/wiki/神の杖
   > 柳田理科雄は、(中略) 100kgの物体が11,587km/hで落下しても
   > 威力は広島型原爆の12万分の1にしかならないなどとして、神の杖の存在に否定的な見解

 ちょっと手抜きでweb上の計算フォームを使って検算。

 https://calculator.jp/science/kinetic-energy

 質量100kgと11587km/h(秒速3219m)を入力して、計算結果が 518098050 [J]。

 熱核兵器の威力を示す数値として良く使われる『1TNT換算トン』というのが、4184000000 [J] らしいので

 518098050 ÷4184000000≒0.124

 0.124TNT換算トン ・・・ つまり、TNT火薬124kg分の威力しかありません。

 攻撃目標を 『神の杖』 で攻撃されたとしても全然余裕で、攻撃目標以外の軍事基地から報復攻撃が可能です。

 @ 発射したらしばらくの間は 『攻撃目標に向かう金属棒+ロケット』 が足元の地表から丸見え

 A 攻撃目標に辿り着く前に制御不能なタダの金属の塊と化す ⇒ 迎撃可能

 B 万が一、迎撃に失敗して攻撃目標に到達しても、1発あたりTNT火薬124kg相当の威力しかない

 こんなモノを莫大な国家予算を費やして造るって、頭悪いってレベルじゃありません。

 こんな兵器を本当に造って、宇宙兵器として運用しようとする国があったら、その大統領なり首相なりの顔(ツラ)を是
非とも拝んでみたいものです。


 ■ 補完 ■

 なお、ネット上にある 『神の杖』 完成予想図がコチラ。

 

 [ 金属棒+ロケット ] ではありません。 単純に [ 金属棒 ] だけ。

 これではカタパルトか何かで加速しても大気圏まで届かずに戻ってきてしまいます。

 この予想図のようなシロモノを実現するためには、地球の中心から7371km (地球の半径径6371km+高度1000km) 
の座標にあって、かつ、地軸を中心に24時間で一回転する座標にドラえもんの 『どこでもドア』 のようなモノを使って装
置を瞬間移動させるしかありません。 もちろん、その場合は、金属棒も金属棒の格納装置も一緒に落ちて来ますが。

 では金属棒の格納装置は高空に保持させて、まさにCGイラストのような格好の 『神の杖』 を実現するためにはどうす
れば良いのでしょうか。

 そりゃもう、高度1000kmに届く巨大な櫓を組んで装置を据え付ける以外にありません。

 しかし、その場合は非常に不都合なことになってしまいます。 敵国の領土にそんな櫓なんか建てさせて貰えません
から、この場合の 『神の杖』 が攻撃可能な対象は、高度1000kmに届く巨大な櫓を組んで装置を据え付けることが可能
な自国および友好国ということになります。 ばかばかしいですね。 ブラックジョークにすらなりません。


 ■ 余談 ■

 折角なので、人工衛星軌道上の 『神の杖』 からロケットエンジンで放たれる金属棒に広島型原爆相当の威力を持た
せようとした場合、どうすれば良いのか検証してみよう。
 広島型原爆の威力がジュール表示で55000000000000なので、約106158倍。 質量が同じ100kgのままならば、運動
エネルギーは、質量×速度の二乗だから、速度を106158の平方根倍すれば良い。 つまり、約325.8倍。

 11587km/hの325.8倍は約3775045km/h。 秒速なら3600で割って秒速約957km。

 減速用のロケットとは別に加速用のロケットも金属棒へ装着して、大気圏内で秒速957kmまで加速すれば ・・・ って、
おいおいw 秒速957kmって第二宇宙速度の93.4倍じゃん。 そんな速度が地球上で留まって居られるワケがなくて、
普通にイスカンダル星雲あたりまで飛んで行っちゃうだろ。 そもそも、現状じゃ火星に行く事すら困難なレベルなの
に、第二宇宙速度の93.4倍って夢物語にも程があるだろw


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